1日1回笑いましょう


by outigohannhe

1972年の家出に寄せて あとがき

1972年
吉田拓郎が青春を詩い、フォークは全盛となり、17歳の私達へのBGMとして、背中に聴いていました。
バイクは「自動二輪」免許で750ccの大型バイクまでOKでした。
ヘルメットの義務付けもなかったし、
この年の2月浅間山荘事件から、連合赤軍事件が大量殺人事件へと問題の本質を変えていきました。
「永田 洋子」という名前が大きく新聞紙面を埋めました。
良くも、悪くも「熱い」時代がそこにありました。

1972年の家出は、そんな時代の出来事でした。
B君もE君も故郷で、年を重ねています。
A君だけは、消息不明です。
最初は、面白い思い出話として、記憶の中から綴っていました。30年という時を経て見つめていくと、この家出はA君をサポートした気持ちで、始まった事を知りました。
A君が優しくて、家族思いの少年だった事が改めて伝わってきます。それ故のA君の悩みの重さも。
A君、青年としての「夢」を追いかけていたのでしょうが、結果はどうでもいいと思います。
その時代、一生懸命だった、事信じています。
消息不明でも、友情は変わりません。
小さな町で細々と生きている私ですが、応援しています。
B君が真面目な友情を温めていた事。30年を経て知りました。
振り返るには、首が痛くなる位の時間をかかえて、後戻りすると、色々な物が見えてきます。
小さな出来事がひとつ、ひとつ重なって積み上げた「自信」を作ります。
思い出とは、こんなにも「愛おしい物」でした。
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by outigohannhe | 2006-07-27 23:31 | 1972年の家出