1日1回笑いましょう


by outigohannhe

まいふー物語 その5

まいふー1年生。
初めての夏休みでした。
おじいちゃん達と暮すことになって、隣町への引越しをすることになりました。

まいふーはやっと慣れた小学校生活でしたから、不安でいっぱいです。
転校を経験したまいふー。

新しい小学校は3ヶ月を過ごした小学校とは、随分雰囲気が違っていました。

まいふーは、ここでは随分静かな女の子になっていきました。
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# by OUTIGOHANNHE | 2007-11-12 01:09 | まいふー成長記録

まいふー物語 その4

 まいふー5歳。
団地暮らしで都会の暮らしを経験したまいふー。

ここで高校時代まで13年間を過ごし、大人になった今も時々帰って来る筑後川を傍らに暮す
町に住むことになりました。
まいふーにも赤いランドセルを背負って通う1年生の春がやってきました。
地元の保育園に1年ほど通園したまいふーにもお友達ができてます。
お友達もいるし、まいふーの通った保育園のすぐ近くにある小学校の生活はまいふーにとっても楽しみでした。

1年生になったある日。
まいふーは予防注射のために、近くの病院へ行きました。
注射が終わっておとうさんと一緒に病院を出てきたら、同じクラスの男の子が数名病院の前に集まっていたそうです。
「もんじゃハカセー」と数名の男の子達はまいふーに向っていっしょにおおきな声で言いました。
おとうさんと手をつないでいたまいふーはつないでいる手をさーっと払って一人男の子の方へはかけ寄って行きました。

「あんたたちみーぃーんなばーか!」

おとうさんはびっくりしたそうです。
だってまいふーは家の中では、お人形遊びが大好きで時々おとうさんを呼ぶときも家族で一番小さな声で言うんです。「おとうさん。まいちゃんね、今日、給食ぜんーんぶ食べたよ」って。
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# by OUTIGOHANNHE | 2007-11-11 10:13 | まいふー成長記録

まいふー物語 その3

まいふー3歳の夏。

熱い夏でした。
まいふー、引越しを経験しました。
引越し先は団地でした。
田舎育ちのまいふーにはこの団地なるもの、遊園地の迷路にしか見えませんでした。
住んでる4階の部屋を出て、ママが少しでも見えないものなら「おかーたぁん!!」と叫びまくります。「おかぁーたぁん、何処にいるのぉー」わぁーん、と泣き叫ぶ声は、団地の同じ棟では
すぐに有名になりました。

1ヶ月も経つと同じ年のお友達も出来て、近くの公園へピクニックへ出掛けたり、お友達のお家で一緒にランチタイムと田舎では経験しなかった、楽しいお友達との付き合いが始まりました。
お誕生会もケーキを前に「はっぴばぁでい」と小さな手を叩いて
楽しみの団地ライフイベントのひとつでした。


そんな毎日で、まいふーより2才年上の「ともちゃん」がまいふーたち3歳グループの女の子のリーダーさんでした。
まいふーには年の離れた何でもお世話をしてくれる優しいお姉ちゃんがいます。
気分で年下の女の子に優しかったり、命令したり、シカトする「ともちゃん」はまいふーにはなじめません。

引越した年の夏休みも終わり涼しい風が夕方には肌寒く感じるある日のこと。
3歳グループはともちゃんの号令でともちゃん家に集まっていました。

ともちゃんのプランでお気に入りに縫いぐるみを持ち寄って、森のくまさんごっこをやっていました。
いつもの調子でともちゃんの号令で、りえちゃんがうさぎさんで、あやちゃんはねずみさん、まいふーはくまの赤ちゃんね、でキャスティングの指示があったらしく、和やかに時間は流れていました。
ママ達はリビング。といっても団地のリビングはワンフロアーも同じ事。
子供達の声はBGMよりリアルに聞こえてました。
わたしいやーぁ。聞こえてるのは、まいふーの声です。

遊んでる3歳グループの女の子3人の中で2月生まれのまいふーは一番年下です。
りえちゃんは4月生まれだから4歳になっていました。

「ともちゃんのばーか。」

「まいふーこそばーか、もう遊んでやらなーい」

まいふー3歳の秋も終わろうとしてる日のできごとでした。
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# by OUTIGOHANNHE | 2007-11-09 14:44 | まいふー成長記録

まいふー物語その2

冬の夜でした。
戦争のような、入浴タイムです。
やっと、お座りができるようになった弟を湯上りのバスタオルで包んで拭いていました。
風邪をひかせないように、私は焦っています。先にお風呂から上がった、まいふーの事は大きいお姉ちゃんに頼んでいます。その時、リビングのドアを、ガチャガチャと無理やりに開けようとする音が、背中に聞こえていました。
小さな足音と開けたドアの向こうから、冷たい空気が入ってきたので、「お姉ちゃん、ドア閉めてね。」すると、「きゃーあっー、まいふーが。」振り返ってみました。
そこには、掛け違ったパジャマのボタンを、ひとつだけ掛けて、パジャマのズボンは胸までぎゅっと上げた、まいふーが立っています。真っ白な顔とブルーのニベアクリームの蓋を手にしています。「おかあたん、まいふーもうクリーム、ちゅけたよ」
まいふーの顔は、ニベアクリームで、べたべたに塗って、まっ白でした。ドアの向こうは暗かったので、暗闇から、にゅっと顔を出すまいふーは、小さい、お化けのようでした。
たっぷり、入っていた、ニベアクリームは、空になっていました。
真っ白な顔をして、まいふーはお風呂上りのコップに注いだ牛乳を両手で、しっかり持って、飲んでいました。
「おいちいよー」
まいふー3歳を目の前にした、冬の出来事でした。
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# by outigohannhe | 2006-08-03 00:03 | まいふー成長記録

まいふー物語

まいふー。2歳です。

夏のある日、自宅のトイレを軽くノックして、トイレのドアノブに手をかけようとした、その時
「どーじょ」 「?」「まいふー?」
ドアを開けました。

洋式のトイレに小さなお尻を沈むかのようにして、座っている、まいふーがそこにいました。
トイレの片脇に作った、本棚から取り出したと思われる「文庫本」を小さな手でしっかり、握って文庫本を広げていました。
「なんか、まいふーたんに用でちゅかー」
彼女が手にした文庫本の表紙は、「ボードレール詩集」でした。
逆さまでしたが。

夏の暑い日の出来事でした。
他の兄弟は、ちゃんーんと「お昼寝」をしている、昼下がりでした。
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# by outigohannhe | 2006-07-28 21:54 | まいふー成長記録
1972年
吉田拓郎が青春を詩い、フォークは全盛となり、17歳の私達へのBGMとして、背中に聴いていました。
バイクは「自動二輪」免許で750ccの大型バイクまでOKでした。
ヘルメットの義務付けもなかったし、
この年の2月浅間山荘事件から、連合赤軍事件が大量殺人事件へと問題の本質を変えていきました。
「永田 洋子」という名前が大きく新聞紙面を埋めました。
良くも、悪くも「熱い」時代がそこにありました。

1972年の家出は、そんな時代の出来事でした。
B君もE君も故郷で、年を重ねています。
A君だけは、消息不明です。
最初は、面白い思い出話として、記憶の中から綴っていました。30年という時を経て見つめていくと、この家出はA君をサポートした気持ちで、始まった事を知りました。
A君が優しくて、家族思いの少年だった事が改めて伝わってきます。それ故のA君の悩みの重さも。
A君、青年としての「夢」を追いかけていたのでしょうが、結果はどうでもいいと思います。
その時代、一生懸命だった、事信じています。
消息不明でも、友情は変わりません。
小さな町で細々と生きている私ですが、応援しています。
B君が真面目な友情を温めていた事。30年を経て知りました。
振り返るには、首が痛くなる位の時間をかかえて、後戻りすると、色々な物が見えてきます。
小さな出来事がひとつ、ひとつ重なって積み上げた「自信」を作ります。
思い出とは、こんなにも「愛おしい物」でした。
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# by outigohannhe | 2006-07-27 23:31 | 1972年の家出

1972年の家出 終わり

B君が静かにカレーを食べていました。反省しているんだと思って見ていたら、始まりました。トークショーです。
「今日のカレーは、学食カレーじゃない。」「レストランの濃厚な、味」「牛肉の味」
以前B君が、学食で食べたカレーに、鶏がらの首の部分がそのまま入っていた事があって、
もちろん、その時も食堂中が、揺れる位のパフォーマンスで、大騒ぎでしたが。
牛肉のスープは凄い事だと、よく言ってました。B君の話は続きます。
「俺達は、本気で土木作業の仕事をして、働くつもりだったんだ。」「E君が、面接で、高校生です。なんて、聞かれもしないのに、言ってしまったのが、全て計算が外れたんだ。」
「打ち合わせ、ちゃーんとしたのに」
「ごめーん、俺その時、トイレだった」とE君
「それに、高校生って言えば、簡単な仕事を選んでくれる。と思って」とE君
「皆の為を考えたんだけど」とE君 (彼は、着替え用のYGパンツは毎日取り替えていたそうです)
「打ち合わせに一番チェックの要るEがいなかったって、」
「でも、俺達、助け合って暮らしてたんだ」
「金が無いから、スーパーでのりたまを買って」「食堂で、大盛り飯を3つ頼んで5人で分け合っていたんだ」
「男の友情ってスバラシイ」
すると、4人が一斉に「楽しかったねー」
「それから」と私
B君のテンションは上がってきました。
「それから、海に行って、砂浜で皆で、遊んだ、夕日がきれいだったなー」
「人生をやり直そうと、決意したんだ、。5人で、夕日の海辺で、カーコイイ」
B君、止まりません。
「じゃあ、B君達の家出を、泣いて止めたって言う彼女には、なんて説明するの?」
「そ、それは、話せば、はなせ、ば、…わ、か、る、…はず」少しトーンが下がります。
「あ、赤い糸よ」 「小さな恋のメロディ、 さ」
懲りない B君です。
放課後 友達に付き添われて4人は、それぞれの自宅へと、向かって帰りました。
あの、部室で着ていたちぐはぐな、体操服は家出した時の服に着替えて。
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# by outigohannhe | 2006-07-27 22:45 | 1972年の家出
次の日
学食で、いつものように食堂の仲良しのおばちゃんに、「揚げパン」の予約を頼みに急いでいると、A君の友達が「おばちゃん、頼むからお願いします。」切ない声が聞こえます。
「何、を頼んでるの」「食券を早いけど、売って下さい」
「割り込み、常習犯グループは、だめっ!」おばちゃんの大きな声が響きます。
A君の友達は、今度は私に頼みます。
「君が言ってくれないか」
「どーしてよ」
「……。」
「昼休み、鑑別所通りの部室に集まって」
「俺から聞いた事はないしょにしてくれよな」
昼休み、部室のドアを開けてびっくりしました。私はドアを閉めるのも忘れて立っていました。

いるのです。体操服を着た、あの5人組が。家出の5人組が。それも学食のカレーライスを食べているのです。
あの日みたいに。
3皿のカレーを5人で食べていました。
「やっと、白メシとおかずが食えた」
「のりたまご飯は、わびしかったねー」
だれが連絡したのか、A君のお姉さんが部室に入って来て、黙ってA君はお姉さんと部室を出て行きました。
出て行く時、目で私達に「すまん」と合図を送って。
A君の後ろ姿に、ぐっときた私は、感情的になった声で「だいたい、どれだけ大騒ぎになったかわかってるのー」、叫びました。
「ごめん」
「ツーリングでもやってたんでしょう!」
「ちがうよ。土木作業の面接に行ったんだけど、みんな高校生が、バレて、駄目だったんだ」
「他のバイトも捜したんだけど、金を持っていたのがB君だけやったし」
E君の説明は続きます。
「B君の所持金だけで、5人の生活費は、無理だったんだ」
サラのYGシャツと笑顔でリュックに詰めてたE君は、所持金は500円だったと言います。
5人組の中で、たった一人の他高校のE君の見慣れない、体操服姿、
よーく見ると、5人はそれぞれ、まばらな体操服姿です。
あちこちの部室から、拝借したらしく、汚れた体操服とちぐはぐな、体育館シューズをはいていました。
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# by outigohannhe | 2006-07-21 01:26 | 1972年の家出
説明は続きます。
「それだけで、家出を決めたの!」
「まだ、色々ある」
「B君なんか、彼女が、泣いて反対するのを、男の契りだ!ってタンカを切ったって言うし」
「じゃあ、あとの二人は何なのよ」
A君のお姉さんと話した後の私は、冗談だと、軽く聞いてた自分の無責任さに少し、苛立っていました。
「それが…」
「バイクを借りに行ったら、そいつが、じゃあ、俺もって、そしてその友達がそんなら、俺も」
どうも、家出をカッコイイと思っている、様子、です。
彼ら5人が真剣に悩んでるA君の気持ちに同情していたのが、準備をしている間にお祭り騒ぎに
なっていった様子が、手に取るように見えてきました。
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# by outigohannhe | 2006-07-21 00:41 | 1972年の家出
A君のお姉さんは、最後に「ありがとう」と言って別名鑑別所通り(部室)を出ていきました。
A君のお姉さんは、優等生、そのままの人でした。
生徒会のリーダーで、クラスマッチも、野外活動の「草取り」もみんなを率先していく人でした。
私は尊敬していました。目標でした。
私は、お姉さんが出て行った後の部室で、ぼーっとしていました。
しばらくして、A君やB君の仲間が入ってきました。
「何、だって」「お姉さん、ひどく心配してたみたい」
「どーして、家出になってしまったのよ」
「A君は、親父に対して本気の家出だったんだけど」
「それに、B君も俺も親父にコーギする」って言い出して。
「Eは、そんなら、俺も仲間に入れて。親友のA君に受けた恩義が、ある。」
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# by outigohannhe | 2006-07-15 20:29 | 1972年の家出